【夢をおいかける大人インタビュー!】プロサッカー選手 片野 寛理さん(35)

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片野 寛理さんの仕事
プロサッカー選手
Professional Soccer Player

片野 寛理かたの ひろみちさん 1982年生まれ。千葉県出身。船橋市立高根中学校、松戸矢切高等学校、 順天堂大学 スポーツ健康科学部卒。卒業後、保健体育の教員として勤めるかたわら、夜はクラブチームの練習に通う生活を続け、2005年に栃木SC入団。プロサッカー選手としてのキャリアをスタート。2011年よりタイ移住。2015年からスコータイFCでセンターバックのポジションを獲得、地元ファンの声援に応え、2017年退団。現在は、スコータイの子ども達にサッカーを教えるKatano FC Academy を運営。

聞き手:ニコ

「プロサッカー選手」って、どんな仕事?
この職業については、あんまり詳しく説明する必要もないよね! 日本プロサッカーリーグ、通称「Jリーグ」の創立が1991年。FIFAワールドカップでのサッカー日本代表は過去最高ベスト16まで残っているし、いまや「プロサッカー選手」は、日本の子どもなら誰でも知っているプロスポーツ選手の代表格。そしてここ数年、サッカーの本場であるヨーロッパだけじゃなくて、アジアに進出する日本人プロサッカー選手が増えているんだって。今回は、タイのプロサッカーチームで活躍する片野選手に、お話しを聞いたよ!

インタビュー日時:2017年11月某日|場所:PAUL, Siam Paragon

ニコ カタさん、こんにちは! プロサッカー選手として仕事をするって、どうしたらできるんでしょう? ぜひ教えてください!

カタさん もちろん。ニコちゃんは、サッカーの試合をスタジアムで観たことある?

ニコ んー、たしか、スワンナプーム空港近くの大学で、THAI HONDA LADKRABANG FCの試合を観たことがあったような…

カタさん じゃあ、サッカーの試合の雰囲気は、なんとなくわかるかな。サッカーって、試合の前も後も、応援してくれるサポーターの声が、とってもたいせつなんだよね。

ニコ サポーター? サッカーを観に来ているファンのことですよね?

カタさん そう。ぼくは、2年間所属した「スコータイFC」というチームを退団したばかりなんだけど、これまでプロとしてがんばってこれたのは、サポーターの人たちの応援があったからというのが、とても大きいんだ。

ニコ へー!! そうなんですね!

カタさん 退団が決まった時も「スコータイを出て、どこに行くんだ?」「せめてもう一年いてくれ!」って言ってくれる地元のファンの人たちがたくさんいて、とっても嬉しかったよ。とくに、スコータイFCの選手とサポーターの距離って、とっても近いんだ。試合後のスタジアムを出てからも、出待ちしているサポーターと一緒に肩を組んで写真を撮ったりしてね。とくにぼくは、タイでは外国人選手だから、そういうファンが「カタを応援しに来てるんだ」って言ってくれることは、プロ選手としてとても価値のあることなんだよね。

ニコ なるほど! たしかに、それだけ目立つプレイができているってことですよね。

カタさん スコータイって、バンコクから車で6時間くらいかかるタイ北部の街。世界遺産があって観光地としては有名だけど、そんなに大きな街じゃないからね。休日に街に出て食堂でご飯食べたりしていると、「スコータイFCのカタだろ? 応援してるよ!」って、見知らぬ街の人が声かけてくれるんだ。だから、試合後に「写真撮って!」って言ってくれるファンが少なかった日には「今日のプレイはあまり良くなかったかな…」って、とてもわかりやすいんだよね 笑。

ニコ ほえー! プロの世界って、ファンに評価されるってことなんですね… カタさんは、どうやってプロのサッカー選手になったんですか?

カタさん ぼくがサッカーを本格的に始めたのは、小2のころ。地域のスポーツ少年団に入ったとき。それから大学までずっとサッカーをやっていたんだ。大学卒業後は学校の先生として働いていたんだけど、夜はクラブチームで練習をしてた。その頃、栃木SCの入団テストを受けてパスしたんだよね。そこから、プロサッカー選手としてのキャリアが始まったんだ。

ニコ 日本でプロサッカー選手として仕事をしていたのに、タイに来たのはなんで?

カタさん タイに来る直前は、ギラヴァンツ北九州というプロサッカーチームに所属していて、契約が切れたタイミングだったんだ。来年ちょうど30歳になるっていう節目だったこともあって、日本で次のチームを探すより、世界を見てみたいっていう気持ちが強かった。ちょうどかつてのチームメイトがタイでプレイしていて、彼が「カタくんはタイが合うと思うよ」って言ってくれたんだよね。じゃぁ、見に行ってみよう!って。

 ニコ 日本では、タイのサッカーって有名だったんですか?

カタさん いや、ぜんぜん 笑。当時はまだ、日本のサッカー界でタイは知名度低かったなぁ。だからほとんど情報がなくてね。日本語のできるタイ人コーディネーターを紹介してもらって、タイ到着初日、夜中だったけどその人に会って、そこからチーム探しを始めた。どこのどんなチームを紹介してくれるのかもわからなかったけど、とりあえず彼を信頼して任せるしかなかったしね。

 ニコ じゃぁ、そのコーディネーターさんと一緒に、タイのサッカーチームを見てまわったんだね。

カタさん そこで入団したのがOsotspa M-150 Samutprakan FC。ぼくのポジションは、ディフェンダーのサイドバック。プレーを続けていたある時期、クラブの外国人枠が7人から5人に減ったんだ。どのチームも、ディフェンダーはまずセンターに外国人を置いて、サイドには置かないのがセオリー。それに、サイドの選手ってスペシャリストが多くて、その分、ポジション争いも激しい。「カタは有名だけど、サイドバックだから採用できない」っていうのが当時ぼくが置かれていた状況。じゃぁ、「カタはセンターバックもできるんだ」っていう実績を作ってやろうと思って、香港のチームに行くことにした。香港のシーズンが終わった後、その実績をもとに、センターバックのポジションでスコータイFCに入団したってわけなんだ。

ニコ ほえー! すごいなぁ… スコータイFCを退団したあとは、何をする予定なんですか?

カタさん 次のチームを探したいとは思うけど、まずはスコータイでサッカーを教えている子ども達のことが一番かな。スコータイFC退団がサポーターの間に伝わったあとも、ぼくが教えているアカデミーの子ども達からは「もちろん練習はあるんだよね?」って聞かれて、それがとても嬉しかったんだよね。保護者からも、Facebookのコメントに「選手じゃなくてもカタが好きだよ。アカデミーの練習があれば子どもを連れて行くからね!」って。これだけタイでプレーをさせてもらったからには、なにか恩返しができないか、って。その気持ちを、いまは一番たいせつにしたいんだ。

「アラジン」の魔法のことば :学習空間NOAHのアラジンこと安藤理智先生に聞いてみたよ!

男の子なら誰でも一度は憧れたことがあるでしょう、プロサッカー選手。そんな夢のような仕事をするために、ものすごい努力を積み重ねてきた人だけが、そのチャンスをものにすることができるのですね。 どの仕事にも共通することですが、「これだけは誰にも負けない!」という気持ちで取り組むことが、プロフェッショナルへの道なのです。 (安藤 理智)


◆企画協力: 学習空間NOAH