命の大切さを学ぶきっかけとなったのは、10年前のランプーンSAWANキャンプでの出来事です。村の人が夕食の準備をするために鶏をさばいていました。その時に『命の大切さ』を実際の体験から学んでほしい、そして、自然との共生や、食べ物、生き物、親、友達など自分の身の回りに存在するすべてのものに感謝する気持ちを育てたい!と思い、SAWANでの鶏さばきプログラムをスタートしました。
始めた当初は、ゲームのような感覚で他人を傷つけたり命を奪ったりする事件が数多く起こり、社会問題となっていた時期でした。保護者のなかには、鶏さばきをすることで、子供たちが動物虐待をするような乱暴な子供になってしまうのではないか?とういう心配をする声もありました。
最近は、保護者から今回は鶏さばきをしますか?するなら参加させたいです。という問い合わせがあるよね。
命をいただく体験をするのは、家庭では難しいからね。
体験したみんなは、乱暴になるより、「最後まで残すなよ!」「残ったのは爪だけだからお墓作らなきゃ」と、しっかりと受け止めているよね。
涙を流しながらも、しっかりと見つめて、羽をむしる姿にみんなの成長が見られたよね。
普段、お父さん、お母さんから「命を大事にしなさい」と言われていたことを思い出したり、自分で気づいていくことも沢山あったみたいだよ。初めて経験したみんなの感想を聞いてみよう!
【KEIKO】
(けいこちゃんが、ふと思い出したように言いました。)
何年か前、タイに来て2年目くらいの時です。ソンクラン休みに家族3人で旅行に行くことが決まっていました。お父さんは旅行の前日までお仕事だったんですけど、残業で急遽帰りが遅くなり、お母さんが用意していた晩ごはんを食べることができませんでした。お母さんは、「ご飯いらないなら早く言ってよ」と次の日から5日間旅行で家をあけるので、そのまま取っておく事ができず、おかずを全部ごみ箱に捨ててしまいました。すっかり忘れていたその光景が、今回鶏さばきをしたときに、ぱっと脳裏に蘇りました。料理は何だっか覚えていませんが、たぶん鶏か豚のお肉だったと思います。料理をされて私たちの口の中に入って栄養になるはずのものが、私たちの体には入らず、そのままごみ箱に行ってしまったことが思い出され、なんだか苦い気持ちになりました。その時はただ「旅行に行く」「置いといたら腐っちゃうよね」という思いしかありませんでした。でも、鶏さばきをした今は、その過去の行動を恥ずかしいと思ったのです。団長からは、「それに気づけたことがすごいことだよ」と言われました。これからもっともっと周りのことや色んなことを深く考えられるようになったらいいなと思いました。
【 UKI】
私は食べ物に対して、好き嫌いが多く、食わず嫌いもあったのですが、自分が嫌いだと言って食べなかったものが、ちゃんとあったかくて、すごく大事ににされていたものだったということが分かりました。命を食べることの大切さを学ぶことができたと思いました。
【 RINA】
ニワトリを持った時の温かさや心臓の鼓動を感じたり、名前を付けたりすることに、すごく罪悪感を感じました。すごくおとなしい子だったのに、さばかれているときにはすごく大きな声で鳴いていたのが心に残っています。感謝をして食べることが、今度からはできるようになると思います。
【YURI】
はじめて鶏さばきをしました。命の大切さというものが本当に分かりました。「命は大切だ」ということを何度も言われてきたけれど、(涙…)今日の鶏さばきで命は大切だということが本当に分かった気がします。これからは、そのものには命があったんだということを思って食事をしていきたいです。
【KANON】
今までも何回か鶏さばきをしてきたんですけど、その頃はまだ小っちゃくてあんまり理解できていませんでした。去年の10月にここに来た時、毛をむしることはできたけれど、さばいているところをちゃんと見ることができませんでした。だから、今回は絶対にちゃんと全部見たいと思いました。今回で生き物の命の大切さを色々と知ることができました。
【YURI】
今までは「もうおなかいっぱいだから、これ食べない!」とか言って、ものを捨てたりしていました。
また、人とケンカをするとすぐに「自分なんか生きててもつまんないなぁ」とか思ったりしていました。でも、今日、ニワトリがさばかれてもがいているのを見て、生きたくても生きられないという辛さを…、生きていたいのにどうしても死ななければならない時があるということを知り、自分が身勝手だったことに気づきました。殺される前はまだあったかくて、心臓の音もしていたけど、殺された後はすごく冷たくて、血だらけで…。人間が生きるために、少しは動物が犠牲にならなくてはいけないとは思うのですが、食べないで捨てることは身勝手だと思いました。今度からは残さずに食べようと思いました。
【HIKARI】
最初は「嫌だ、触りたくない!」と思いながらやっていました。でも、最後にニワトリを持たせてもらったら、ニワトリは温かくて、心臓の音も聞こえました。おとなしくしていたニワトリが、首を切られる時バタバタと暴れだしました。そして、やっぱり死んでしまって、心臓の音も聞こえなくなって、冷たくなって…。名前を付けたり、一緒に写真を撮ったりした後に、そのニワトリが死んでしまいました。でも、そうすることで「いただきます」の意味や、本当に命をいただいているんだなぁということを実感することができました。
バンコク・シラチャに住む日本人の子供達が現地活動を通じ
「世界の中の日本」「アジアの中での日本の役割」「夢を持つこと掴むこと」を学んでいます。
毎回号外!と題し、様々な『SAWANの今』をニコラボで発信!