nico labo 2019年2月1日号掲載
集合早々、話を聞かないでしゃべっている一部の集団。集団からはずれるような子供がいれば烈火のごとく叱り全体を整えるのが学校現場です。
学校ならば、すぐに怒号を飛ばしているであろう私が、この場では何も言うことができませんでした。空気を壊し、私がその責任を負うことを恐れたからです。
そもそも私は10年間の現職教員としてのキャリアを重ねてきたという自信をもってここにきたつもりです。その力を使えなかった。やりきったという達成感は皆無です。もやもやは膨らむばかりでした。初めて参加する私は、自分だけがSAWANの中で浮いているように思えました。
ふと班長の1人の中三男子が。
「今、調子に乗って好き勝手にやってる人達を見ていると、昔の自分を見ているようです」
と言いました。
その時、思ったことです。
「SAWANに学びがないのなら、103回は続かないし、何十回も参加する子供などいない。」
きっと何かがあるはず。そう気持ちを押し殺しながら過ごす時間…。ここにいる子供達は心からSAWANを楽しみにしているのです。
自信を持って指導できなかった私に、団長は
「自分にはまだ力がないと逃げているだけで、本当は力を使わなかっただけのこと」
と言いました。反論したい気持ちがありましたが何も言えませんでした。
子供たち自身がやらないことを決めると、やるべきことが明確になる。自分の責任で行動しなくてはいけないのがSAWANです。
目をきらきらさせて夢マップを描く子供たちには、それを本当に叶えるのではないかと思わせる、たくましさと現実味を感じます。
夢マップを語ることができないのは私だと悟りました。そして、最近自分が見ないようにしてきたことは何かに気づきました。
それは子供たち自身の持つ可能性を引き出すことです。
学校現場で全ての子供に対して可能性を引き出そうと思えばその労力は計り知れません。私は見たくないものから目をそらし、言葉では理想を語っていたのでした。
SAWANは子供たちにとって、タイにいても日本にいても、また同じ夢を見られる場所、それを再確認できる場所だと思います。
初めて参加した私には到底理解できない、人と人が繋がってきた歴史が目には見えない糸でこの集団を結んでいるように見えました。それを私は遠くから眺めていました。大きな家族のようにも見えるこの団体に、嫉妬すら覚えました。
それでもSAWANは楽しかった。たくさんの出逢いがあった。また、山田先生に来て欲しいと言ってくれた子供たちもいた。子供たちから元気をたくさんもらいました。
日本に帰ると、私には小学6年生の子供たちを卒業させる使命が待っています。残り少ない時間、SAWANの子供たちのように、わくわくしながら夢を追うことの楽しさを伝えていきます。
自分に足りないものを見つけることができたSAWAN。
団長からの言葉は、まだ全部は理解できていません。またここに戻り、私自身が夢を追う場所にします。
次回は山田祐輔の「消しゴムはんこ」の講座もあるよ!♪
★好きな絵やイラストをトレーシングペーパーで消しゴムに転写し、デザインナイフで彫って作るオリジナルのスタンプです。
バンコク・シラチャに住む日本人の子供達が現地活動を通じ
「世界の中の日本」「アジアの中での日本の役割」「夢を持つこと掴むこと」を学んでいます。
毎回号外!と題し、様々な『SAWANの今』をニコラボで発信!